コロナ下のぶらぶら旅 ささしまライブ駅その1 ささしまraibuから異世界へのGateway 近鉄米野駅から笈瀬本通りで夢から覚める

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2020年 12月30日

年末ですね。
年末を日本で過ごすなんて何年ぶりでしょうか?

大晦日カウントダウン、
初詣、初売り、新春イベントなどなど。
とても行けませんね。
コロナ騒ぎで日本らしい年末年始は楽しめそうもないです。

ずーっと家の中にいて、テレビをだらだらと見て、
コアラのマーチとかのファミリーパックを
無制限に食べ続けるのもいいと思いますが、
それではすぐに飽きてしまいます。

やっぱ外に出かけたい~。
でも屋内はちょっと怖いし。

そんなときにおすすめなのがBSTです。

Bぶらぶら‐基本的な移動手段は徒歩です。
      おもしろい交通機関があれば
      乗るかもしれません。
S節約‐なるべくお金を使わないで楽しみます。
    お土産やグルメは基本的にはなしです。
    入場料がかかる所にも行きません。
    よっぽど我慢できないものがあれば
    買ってしまうかもしれません。
T旅‐観光ではなくあくまでも旅にこだわります。
   有名な見どころよりも旅情を追いかけます。

こんなご時勢ですからね。
なるべくお金は使わないでとっておきましょう。
今はお金を使わずに楽しみましょう。

お金を使わずに楽しむとなると、
他の人と絡もうとする人もいると思いますが、
こんなご時勢ですので、
一人か、家族だけで過ごしましょう。

一人でも、家族だけでも楽しめるように、
普段から自分と仲良く、家族と仲良くしておきましょう。


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今回の出発地点はささしまライブ駅です。

ささしまライブ駅。
高輪ゲートウェイ駅なみに謎の駅名です。
駅名をよく見ると、ささしまLiveではなく、
ささしまraibuですね。

ささしまライブ駅はJRの駅ではなく、
名古屋臨海高速鉄道西名古屋港線、通称あおなみ線の駅です。
もともとはJRの貨物線でしたが、
現在は名古屋市の第三セクターでの運営となっています。


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案内板によりますと、
ささしまライブは、旧笹島貨物駅跡地と中川運河の
船だまりを中心に再開発された場所だそうです。

笹島地区はもともと旧名古屋駅があった場所です。
やがて名古屋駅が北側へ、つまり今ある位置に移転し、
笹島には貨物駅が作られました。

笹島には名古屋港と名古屋市内を結ぶ中川運河の終点、
船だまりがありました。

つまりかつてはここ笹島には、鉄道の大動脈名古屋駅と、
その駅前にほど近く、名古屋港からの物流の大動脈中川運河が
あったということです。

名古屋港に荷揚げされた世界各国からの物資が、
中川運河を通じて名古屋駅に運ばれ、
そこから貨物列車で日本全国に運ばれていきました。

船だまりに次から次へと着く貨物船。
その間を忙しく走り回るタグボート。
岸壁では大きな貨物が下されて、
その場に積み上げられていきます。

いったん倉庫に運ばれるもの、
すぐに鉄道駅に運ばれるもの。
行きかう車や人足であたりは騒然としています。

日本が豊かになっていく中で、
笹島も大きく発展していきました。


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それでは、
かつてのささしまライブ駅周辺の賑わいぶりを妄想しながら、
BSTのスタートです。


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高架線上にあるささしまライブ駅を出ると、
間の前には整備された都市の風景が広がります。


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左手にはwalking bridgeがあり、
ホテルやオフィスビル、商業施設とつながっています。

ささしまライブの敷地内にはこの他にも、
ライブホールや大学、テレビ局などが入っています。
旧笹島貨物駅がどれだけ大きかったかが想像されます。


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BSTはそんな都会的な左側を横目に見ながら、
正面向かって右手、
ささしま米野歩道橋を渡って、駅裏に向かいます。


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アクリル板の風よけで覆われた歩道橋で、
JR、あおなみ線、近鉄電車など複数の線路が並走している、
長い区間を渡っていきます。

橋の向こうには名古屋駅前の高層ビル群が見えています。

都会的な再開発地区と、その向こうに広がる高層ビル。
このあたりは中部地区最大の都市、名古屋の、
さらに中心部なのです。


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ところが、ささしま米野歩道橋を渡りきると
状況は一変します。
ビルなどはほとんどなく、背の低い建物が密集した、
昔ながらの住宅地が広がっています。

ささしま米野歩道橋はちょっとした異世界への
Gatewayだったのです。


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歩道橋を降り切りました。
もはや都会的な雰囲気はみじんもありません。
むしろ寂れた片田舎という感じでしょうか?


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近鉄の新型特急ひのとりが停まっています。
鉄道ファンにも楽しめるスポットかと思われます。
ちなみに上空を渡っているのがささしま米野歩道橋です。


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すぐ脇に踏切があります。
踏切好きとしては渡ってみたくなりますが、
これは一般の人は渡れません。
鉄道関係者のみです。


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線路に沿って南西に少し歩くと、
近鉄米野駅に出ます。

近鉄名古屋駅から一つ目の駅としては、
ローカル感満載です。


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米野駅は特急や急行は通過です。
普通列車しか停まりません。

待合所などはなく、駅の建物に入るとすぐに切符売り場と
改札口になっています。
次の駅が終点名古屋であることから、
利用客は主に下り線ということなのでしょうか。

米野駅の名古屋寄りに近鉄の米野車庫があり、
さきほどの新型特急ひのとりも停まっています。


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米野駅前に中村区史跡散策路という看板があります。
このあたりは名古屋市中村区ですね。

笈瀬川筋散策コースとなっています。
とはいえ、地図上のどこを見ても笈瀬川はありません。

BSTではまず駅前の地図をじ~っと眺めて、
なんとなく見どころと位置関係を把握して、
あとは適当にぶらぶらと歩いていきます。


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米野駅から北に向かって伸びる通りがあります。
さしずめ米野駅前通りといったところでしょうか。

この通りは笈瀬本通りということになっています。
笈瀬という名前が入っていますが、
見たところ川はありません。


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駅前にあった床屋さん。
今は営業しているかわかりません。
左隣も何かの商店だったようですね。
屋根の上の明かり採りなのか、湯気抜きなのか
わかりませんが、出っ張った部分がおもしろいです。


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米野小学校東交差点まで歩いてきました。
右手にホテルパレスがあります。
名前からも漂ってくる中級感がいいですね。
安宿がない街で、しかたなく泊まる感じのホテルです。

一階にはチェーン店のコーヒー屋が入っています。
中級ホテルの一階にコーヒー屋が入っている風景は、
旅を感じさせます。


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※参考写真です。マレーシア クアラルンプール

ホテルで朝食が付いていない場合は、
一階のコーヒー屋でモーニングを食べます。
一階のコーヒー屋で使えるクーポン券を付けてくれる
ホテルもありますね。


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ホテルパレスのすぐ先に、願生寺というお寺があります。
もしもホテルパレスに泊まったのなら、
朝の散歩でお寺を見て、それから一階のコーヒー屋で朝食です。

願生寺、生を願う寺。
それとも願われた生、でしょうか?


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お寺と言えばその前にある、ありがたいお言葉ですね。

「仏法を聞くということは夢から覚めるということです」

仏法というのはもちろんブッダの教えです。
ブッダの解き明かしたこの世の真理のことです。
真理を聞くと夢から覚める。
何の夢から?
人生という夢からです。


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人生というものがある。
生まれてから死ぬまでにいろいろなことがある。

学校に行き、部活動をやり、友達を作り、
勉強して、さらにいい学校に行く。

仕事に就いて、結婚をして、
家や車、欲しいものを手に入れようとする。
まるで何かを手に入れることが幸せそのものであるかのように。

同僚や近所の人、世間の同じような境遇の人と競争して、
そこから一歩でも抜きんでると優越感を持つ。

子供ができて、子供の教育や将来のことが心配になり、
習い事をさせたり、塾に行かせたり、
疑問を持ちながらも受験戦争へと背中を押す。

ようやく子育てから手が離れたかと思うと、
老後と健康のことが不安になる。

夫婦で行くことを楽しみにしていたクルーズ旅行も、
病気で延期になり、
以前のように体が動かないことにいら立ちながらも、
しかたがないと思うことが多くなる。


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そしてある時思うようになる。

人生とはいったいなんだったのだろうか。
誰かと常に競争したり、
何かを常に欲しがったり、
自分よりも幸せそうな人をねたんだり、
不幸そうな人を見ては安心したり。

そんなものがいったいなんだったのだろうか。
自分が絶対に必要だと思っていたことは、
一体なんだったのだろうか。

そのために心を砕き、身を粉にしてきたことは、
一体なんだったのだろうか。


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さて、妄想から現実にもどります。
笈瀬本通りの半ばほど、何やら人だかりができています。
積み重ねられた野菜や果物の段ボール箱。
八百屋さんのようですね。

もしも人生が夢だとしたら、
夢から覚めるとはどういうことでしょうか。

自分が信じてやっきになってきたもの、
手に入れたと思っていたものも、
失ったと思っていたものも、すべて夢であった。

そこから覚めると一体どうなるのでしょうか。

別に何も起きません。
夢から覚めたところで人生が終わるわけでもなく、
夢から覚めても人生は続きます。

泣き笑い、喜怒哀楽は起こり続けます。

ただもう夢を見ることはなくなります。

人生とは、まさに人が生きることであった。
理由などなく、善悪もなく、失敗も成功もなく、
得たものも失ったものもない。

人はただ生きているだけである。
起きて、寝て、野菜を食べる。

人は、人には考えられない宇宙や、
生命の大きな流れの中から生まれてきて、
その法則に従って、ただ生きているだけである。

もしも生きることに理由や目的があるとすれば、
それは人が考えることではなく、
宇宙や生命が考えることである。

そう考えると願生寺は、
生を願うのではなく、
願われた生、宇宙や生命により願われた生、
ということなのかもしれません。


次回八百屋に近寄ってみます。


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