コロナ下のぶらぶら旅 西高蔵駅その6 五重塔の上にある相輪は仏陀のお墓? 住宅地に突然現れる南方スタイル この道が続いている先は、本当にインドだった

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2020年 12月21日


名古屋市地下鉄西高蔵駅からはじまった今回のBSTですが、
とうとうこの時が来てしまいました。


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斜めに入る道の向こうに相輪を発見です。

相輪というのは、五重塔の上についている、
輪が何層にもなっている、長く伸びた飾りのような部分です。
実はあの部分はもともとインドのお墓なのです。
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古代インドの高貴な人のお墓は、
伏せたお椀型の盛り土の頂上部に遺骨を納める箱を置き、
その上に傘をさしかけるというものでした。


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※ラオス ワットプー遺跡

傘をさしかけるというのは高貴な人の証で、
暑い日などに高貴な人が外に出る場合、
おつきの人が日除けの傘をさしかけていました。
同様に、高貴な人のお墓の上にも、傘がさしかけられました。
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お墓の上にさしかけられた傘は、埋葬された人を信仰する人の
寄進などによってどんどん増えていきます。
増えた傘は一本の棒にまとめられ、
まるで塔のようにお墓の上に積みかさねられました。

仏陀のお墓もそうだったと言われています。

初期の仏教は偶像の崇拝を禁じていましたので、
今のように仏像を拝むのではなく、仏陀のお墓を拝んでいました。
仏陀の遺骨は仏舎利と呼ばれ、
仏教の広がりとともに、信仰する人々の求めに応じて。
この仏舎利を分けたお墓があちこちに作られました。

この分けられた仏陀のお墓を仏塔といいます。

分けられた仏塔の数はどんどん増えていき、
とくにアショーカ王の時代には、仏舎利がさらに細かく分けられて
(一説によると8万以上)、仏塔は爆発的に増えていきます。
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伏せたお椀部分もレンガや石で作られるものが多くなり、
同様に石造りとなった傘の部分が、何層にも重ねられるようになります。

やがてもうこれ以上仏舎利が分けられなくなった後も、
仏陀の記念碑として、信仰のあかしとして、
仏塔は作り続けられました。

現存する最古の仏陀のお墓、仏塔は、
インド中央部デカン高原のサーンチにあります。
サーンチの仏塔は伏せたお椀状の盛り土の上をレンガで覆い、
その上に仏舎利を収める四角い箱を乗せ、
箱の上に三段に重ねられた石造りの傘が伸びています。

そして仏教のインド国外への伝播に伴って、
仏塔は独自の発展をしていきます。


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スリランカに伝えられた仏塔は、伏せたお椀の部分が漆喰塗となり、
その上にもともと仏舎利を収めていた、
平頭という四角い箱が乗っています。

ここまではインドのスタイルをほぼ踏襲しているのですが、
何重にも重ねられた傘の部分が簡略化し、
隙間なく円盤状のものを重ねたような、
ドリルの先のような、円錐形になっています。


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ミャンマーでは盛り土部分が縦に伸び、
釣鐘型やベル型とでもいうような形になっています。
四角い箱状の平頭はなくなっています。


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積み重なった傘の部分は、より装飾化されています。


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仏塔そのものが信仰の対象であった名残でしょうか、
ミャンマーでは頭上に仏塔を模したものを載せている
と思われる仏像もあります。


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タイで発展した仏塔もまた、独特です。
タイの仏塔は、伏椀部分は釣鐘型やベル型です。
これはほぼミャンマースタイルです。

ところがその上に四角い箱(平頭)と、ドリルのような尖塔が乗っています。
この部分はスリランカスタイルです。

つまりタイの仏塔は、ミャンマースタイルの上にスリランカスタイルが
乗っているという、ミックススタイルになっています。


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スコータイ朝の遺跡の仏塔もそのようなミックススタイルです。


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チベットでは、お椀の部分が、伏せているというよりは
本来のお椀のような、下部が狭くなった形になっています。
その上に小さいながらも四角い箱(平頭)が乗り、
ドリルのような円錐の尖塔がついています。


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インドで生まれた仏塔は、中国に入ると、
大きな塔の上に乗せられるようになります。

もともと背の高い塔を作る技術があった中国では、
仏塔そのものを大きくするというよりも、
信仰の対象として、今ある塔の頂上に、
仏塔をくっつけてしまったのだと言われています。


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※中国 桂林

背の高い塔の上につけられた仏塔。
このスタイルはやがて日本にも入ってきます。
奈良や京都でよく見る、五重塔の上に乗っている、
金属の輪が何層にも重なった塔。
つまり相輪です。

五重塔の上の相輪は仏塔そのものを載せたものであり、
九つに重なった輪は、もとは傘です。
五重塔の上には仏陀のお墓が載っているのです。


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さて、それでは相輪に向かって進んでいきましょう。
今回のBSTでは、ここから南下して西高蔵駅に
戻っていくことになります。


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歩き始めるとすぐに出合うのが、
金山大仏という大きな看板がかかっているお堂です。
正面上には松賢寺阿弥陀堂と書いてあります。

正面の扉は閉まっており、窓もなく、
中の様子はうかがうことができません。
この日だけ閉まっているのか、
いつも閉まっているのかは、わかりません。

比較的新しいお堂なので、もともとあったものが
建て替えられたのか、
新しく建てられたのかもわかりません。
大仏に関する由来書きなどもありませんので、
金山大仏がいったい何であるかは、まったくわかりません。

路地裏の明智小五郎も首をひねるばかりです。


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金山大仏を通り過ぎると、住宅の隙間から、
相輪とその土台が見えてきます。
どうも五重塔ではないようですね。

お椀を伏せたような白い土台の上に、
さらに鉢を伏せたような黄土色の台座のようなものがあり、
その先に金属の輪が重なっているようです。

遠目に見ると、普通の住宅の屋根からにょっきりと
生えているようですね。

住宅の屋根の向こうに広がる異世界。
日常とすぐ隣り合わせにある異空間。
この道は、いったいどこにつながっているのでしょうか?


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次の角を曲がると見えてくるもの。
あれは、まさに仏塔ですね。

周りを見渡してみても、マンションと住宅しか見えません。
ここは明らかに、現代の、日本の、ごく普通の住宅地です。
その中に突然あらわれる異質なもの、異質な文化的背景に
基づいていると思われるもの。

まるでここだけ空間がねじれて、どこか知らない世界に
つながっているようです。


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正面に回りこんでみました。

中心部の大きな仏塔は、もともと盛り土であった
お椀を伏せた部分が、釣鐘型、またはベル型になっています。
つまりミャンマーやタイのスタイルということです。

その上にもう一つ小鉢のような土台が乗っています。
この小鉢は上に向かって開くという、上下通常の向きですので、
もしかしたら平頭なのかもしれません。

平頭?の上には、鉢を伏せたような、
伏鉢という相輪の土台がつながっています。

この相輪の伏鉢は、もともとはお椀を伏せた形の盛り土が起源ですから、
この仏塔には、もともと盛り土だった部分が
二重に重なっていることになります。


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さらにその上に請花と呼ばれる金属の花びらが続き、
もともとは傘であった、九輪という九つの輪が重なります。
九輪の上には水煙、竜車、宝珠と続きます。

これらは日本の五重塔などの頂上に乗せられている相輪と
構造は同じです。

この仏塔はタイやミャンマースタイルの仏塔の上に、
日本式の相輪を乗せたような形になっています。


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大きな仏塔の両脇に、小さな仏塔が2基あります。
小さな仏塔は伏せたお椀型の盛り土部に、
四角い箱の平頭が乗っています。
平頭の上には傘から発展した輪が三つあります。

平頭と三つの輪という構成は、
古代インドの初期の仏塔の特徴ですね。
この小さな仏塔はインドスタイルということなのでしょう。


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こうしてみると、この住宅地の中に突然現れた仏塔は、
インド、スリランカ、ミャンマー、タイ、
そして日本の様式をミックスしたものと思われます。
インドで生まれて日本に伝えられた仏塔の変遷を、
一目で見ることができると言えるのかもしれません。

ところでこのような、インド、南方スタイルの仏塔を
誰が建てたのでしょうか。

気になって調べてみると、
ここは大乗教という仏教系新興宗教の総本山でした。

この仏塔がある建物は、聖仏舎利宝塔と言うようです。
屋上の仏塔部分は聖仏舎利殿と呼ばれ、
実際にインド政府から送られた仏舎利がお祀りしてあるそうです。

つまりこの仏塔は、仏塔本来の意味での仏塔、
仏陀のお墓としての仏塔だったのです。

まさに道はインドにつながっていたのです。


次回は大乗経総本山の敷地内にある、
数々の興味深いものをBSTしていきます。




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