コロナ下のぶらぶら旅 西高蔵駅その5 畑の中から出現した地蔵尊の御本体 その上に乗っている町? 昭和の路地裏に迷い込み インドへの道に出合う

スポンサーリンク

2020年 12月19日

住宅街の真ん中に突如として出現する異世界を発見です!
これはいったい何でしょうか?


IMG_3740 (640x345)

消えゆく沢上商店街でしばし妄想にふけった後、
住宅地の間をぶらぶらと歩きます。

BSTではぶらぶらと、節約しながら、旅をしています。
ぶらぶらとしてはいますが、ウォーキングではなく、
あくまでも旅です。
旅ですので、旅を感じさせるものを探して歩きます。

お寺や神社、その他歴史を感じさせる場所にも
多く立ち寄りますが、歴史散策がしたいわけではありません。

周囲と比べて異質なものや、異質な場所に注目もしますが、
ミステリースポット的なものや
奇界遺産的なものにこだわっているわけではありません。


IMG_0021 (640x480)
※インド ヴィシャーカパトナム

街中にある、首をひねりたくなるようなおかしなものにも
好奇の目を向けますが、路上観察学的なものはこのブログの
趣旨ではありません。

もちろんそれらは大好きです。
歴史的なものも、異質なものも、路上観察も大好きですが、
それらはここではあくまでも旅を彩るエッセンスです。
それらを通じで旅の本質である旅情が際立ってくる、
いわば触媒です。

歴史的なもの、つまり今ここの時間とは違う時間の
存在を感じさせるもの。
異質なもの、つまり今ここの空間とは違う感覚のもの。
その他のおかしなもの、自分の価値観では理解できないもの。
BSTではこれらを異世界または異空間と呼び、
そうした異世界と現実世界の隙間から
旅情が湧き上がってくるのではないかと考えています。


IMG_8662 (640x480)
※タイ スラータニー

自分が今属していると思っている時間と、自分が今安心して
立っている、住んでいると思っている場所、
自分が長年積みかさねてきた確固たる価値観。
もしもこれらが確かではないとしたらどうでしょうか?

あたりまえだと思っていたことが実は、
あたりまえではないかもしれない。
それは、自分だと思っていたものが、
実は自分ではないのかもしれないという思いに
つながっていきます。

今ここに、自分が積みかさねてきた時間が無意味になり、
過去の時間に基づいて推測されていた明日が見えなくなり、
自分が住んでいた場所がなくなり、
明日どこに寝るのかもわからなくなり、
信じていたものをよりどころにできなくなった時に、
いったい僕らはどう思うでしょうか?

自分とはいったい何なのか?
自分は本当に今ここに存在しているのだろうか?

自分の存在への不確かさが、根から吸い上げられる水のように
じわじわと浸透していくときに、
旅情が湧き上がってくるのではないかと、僕は考えています。


地図4 (640x556)

沢上商店街から北上し、高蔵小学校を過ぎた次の角を
西に曲がっていきます。
曲がった先の2本目の角を右に、つまり北に曲がっていきます。
このあたりはやや古いですが、普通の住宅地のように見えます。

ところが道を曲がったとたんに状況は一変します。


IMG_3734 (640x480)

畑中地蔵大菩薩。
これはいったいなんでしょうか?

住宅地の中に突然現れたように見えますが、
当然のことながら、
まずはこの地に畑中地蔵大菩薩があり、
あとからまわりが住宅地になったのだとは思います。

しかし今となっては住宅地と異世界の境目はあいまいです。


IMG_3736 (640x480)

近寄ってみるとその異世界ぶりに拍車がかかります。
「畑中地蔵尊御本体」という、黒御影石の立派な石碑が指しているものは、
見たところ石です。
僕らが想像するようなお地蔵さんではありません。

これはいったい何なのでしょうか?

確かに石自体は黒々としていて、神秘的な雰囲気を放っています。
赤い衣が、おそらく袈裟がわりなのでしょうが、石の上にかけられています。
お地蔵さんとして信仰されていることは間違いないです。

しかし、もしもこの石がこのようにお祀りされていなければ、
はたしてお地蔵さんだと気が付くでしょうか?


IMG_3735 (640x480)

畑中地蔵菩薩の御本体の前に、何やらお堂のようなものが見えます。
石碑まで立つような由緒あるお地蔵さんなら、
本来であればこのお堂にお祀りされていても
おかしくはありません。

御本体は外にあり、お堂は別ということなのでしょうか?


IMG_3738 (640x480)

その答えは、お堂に掲示してある由来書にあります。

数百年前、この辺りは今と違って畑でした。
ある日お百姓さんが畑を耕していると、
大きな石に当たりました。
耕すのに邪魔になると思ったお百姓さんは、
それをどかそうとして周りを掘りすすめました。
しかし掘っても掘っても石は大きくなるばかりで、
なかなか底までたどり着きません。

困ったお百姓さんは石をそのままにして家に帰りました。
その晩のことです。
お百姓さんの夢の中に異様な人が現れ、
「我を祀れば願い事を叶えてやろう」と言って消えました。

そこで畑の中から現れた神様なので、
「畑中地蔵菩薩」としてお祀りしたところ、
色々な願い事がかなった。

由来書きによると、畑中地蔵尊は、地名ではなく、
畑の中から出てきたので、畑中だということです。
そしてやはり基本は石なのですが、
とても霊験があらたかな石ということのようです。

掘っても掘っても底にたどり着かないということですから、
どれだけ大きな石だったのでしょうか?
今こうしてちょこんと顔をのぞかしている石の下に、
どれだけ大きな石が埋もれているのでしょうか?

もしかするとこれは石ではなく、
地球を形成している岩盤の一部なのかもしれません。
オーストラリアのウルルのように、一枚岩の岩盤の一部が
露出しているのかもしれません。

地面の下で普段は見えないけれども、何か大きな存在があり、
その一部が時たま、見えない世界と見える世界の境界線を破り、
氷山の一角のごとく、こちら側に顔を出してくる。
見えないはずの神様の世界、自然の神秘、宇宙の秘密、
そういったものが少しだけ垣間見える場所があるのかもしれません。


IMG_3737 (640x357)

お堂の前に何体かのお地蔵さんがあります。
こちらはイメージ通りのお地蔵さんです。
どなたが作ったのか、赤いマスクをしています。

コロナウイルスの流行が終息して、
安全な世の中になりますように。

今も昔も、お地蔵さんにお願いする内容は変わりません。
自分と、自分の身の回りと、そしてその他のたくさんの人と、
生きとし生けるものが幸せでありますように。

誰もが自分の幸せを願い続ける限り、信仰は続いていきます。
その信仰が、畑がなくなり、周りがすべて住宅になった今も、
畑中地蔵尊をこの地に留めているのでしょう。


IMG_3733 (640x480)

畑中地蔵尊の周りには、魅力的な路地裏が点在しています。
昭和時代の棟割り長屋があちこちに見られます。


IMG_3739 (640x621)

ここもすごいですね。こんな路地裏に迷い込んだら、
二度と出てこれないかもしれません。
この路地を抜けると、
向こう側は昭和時代になっているのではないでしょうか?

向こう側では月光仮面の格好をした子供が、
めんこやベーゴマで遊んでいるかもしれません。
三木のり平の桃屋のCMが流れる店先に、
大村崑のオロナミンCと由美かおるのアース蚊取り線香の
看板が貼ってあるかもしれません。

さらに不思議な感覚にさせられるのは、
そんなことを妄想しながら路地裏散策しているこのあたりの地下に、
あの畑中地蔵尊の御本体である大きな石の目に見えない部分が、
まるでこの土地の基礎部分であるかのごとく、
埋まっているかもしれないということです。

この辺りは花町一丁目と言いますが、
花町一丁目は地蔵尊の大きな石の上に乗っているのかもしれないのです。
町が一つすっぽりと入ってしまうくらいの大きな石の上に、
まるでそこから生えた花のように、花町が存在しているかもしれないのです。

目に見えないものの上に乗った、目に見える町を、
目に見えない妄想をしながら歩きます。


IMG_3741 (640x480)

畑中地蔵尊のあたりを北に行くと、大通りに出ます。
これは八熊通りです。
八熊通りは名古屋市中南部を東西に走っています。
八熊通りに出たら北上は終わりです。
ここからは八熊通りを右に、つまり東に曲がっていきます。


IMG_3742 (640x480)

しばらく大通りに沿って歩くと、大きな交差点に出ます。
南北に延びる大通り、大津通りとの交差点、
沢上交差点です。

前回の沢上商店街の興亡の要因となったであろう、
名古屋市電の東西線と南北線が交差していた交差点です。
現在では当時の賑わいぶりをうかがい知るものは、
ほとんどありません。
しいていえば、向かい側に見えるお茶の妙香園本店くらいでしょうか。

BSTはこの沢上交差点を、妙香園本店のある側、
つまり東側に渡っていきます。


IMG_3744 (640x480)

交差点を渡り、少し東側に歩くと、
高架となって上って行く八熊通りの脇に、
下り坂になっていく道があります。

下った先に赤い電車が見えますが、あれは名鉄電車です。
堀川のあたりを西端に始まっている熱田台地は、
大津通りを境に、東側に向かって少し下がっています。
下がりきったところが、現在では鉄道の線路になっています。


IMG_20201202_154317 (640x254)

この坂を下りきる途中に、
南に向かって斜めに入っていく小道があります。
その道の先に、何かとんがっているものが見えます。
あれは何でしょうか?


sorin

拡大してみました。
どうも相輪のようですね。

相輪というのは、五重塔の上に乗っている尖塔です。

伏せた鉢状の土台の上に、花のような台、
そこから九輪という九つの輪が続きます。
九つの輪は、五大如来と四大菩薩を表しているそうです。
九輪の上には火炎を模した透かし彫りがあり、
その上には竜車という乗り物が載ります。
そして一番てっぺんには、宝珠という仏舎利を収める場所が付きます。

相輪の起源はインドのお墓と言われています。
インドのお墓は正方形の基壇の上に、
お椀を伏せたような形に土を盛ります。
いわゆる土饅頭というものですね。
その上にインドの暑い日差しを遮るために
傘をさしかけたそうです。

このお椀を伏せたような盛り土は、
相輪の土台である伏せた鉢になり、
さしかけられた傘が、九輪になったと言われています。

つまり相輪はインドのお墓そのものが、
日本に伝わってきたということです。
あの五重塔の上にそびえている塔は、
お墓だったのです。

さて、その相輪がなぜこの道の先に見えているのでしょうか?
この道の先にはいったい何があるのでしょうか?
見た感じ五重塔があるようにはみえません。

まさかこの道はインドにつながってしまっているのでしょうか?

続きは次回です。






スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする